スイス悠々
〔続 スイス悠々 秋色編〕
(3)見どころに富むベルニナ
追加料金を払って乗車した一等車の先頭風景(左上下)。トゥージス駅からはユネスコの世界遺産区間(左中)。車窓から秋色の中を走る列車の後方を撮影(右中)。前方に界隈の名所ラントヴァッサー橋が見えてきた(右)
10月初旬の日本の天候は安定し易い。秋が早いスイスも悪くは無かろうと、9月30日(土) 鳥取発、羽田からのANAで臨んだが、期待に反して、雨天予報に苛まされました。
とくに、旅程の前半(2017年10月2・3日)はスイス全土の天候が優れず、山歩きは諦め、少しでも天気が良さそうな地へと“乗り鉄”を決め込んだ次第でした。ヒロさんとの2回目のスイスは、遠出を意識して、連泊した地をSpiezシュピーツとしたことが幸いしたのです。
スイス政府観光局情報で、大小約1500あるとされる湖の中で、最も素晴らしいと自己評価しているのがThunerseeトゥーン湖で、シュピーツは西岸中程にあります。観光船で巡る際に、停泊地は各々個性がある保養地で、着岸前後の湖畔の景色は秀逸です。
トゥーン湖の北西端にトゥーン市があり、シュピーツ界隈から南方向にはアイガー、メンヒ、ユングフラウのベルナーオーバーラント三山などが遠望できることも幸いで、船首からは覗きにくいので、観光船はトゥーン行に乗るのがお勧めです。湖岸に近い船腹からの景色は勿論、船尾も見逃せません。
なお、シュピーツの地の利ですが、鉄道はベルンとインターラーケンを結ぶ幹線、そして、当駅に起点がありイタリアに通じる南方方面の幹線、さらに、風光明媚なゴールデンパスライン路線の中継地点で西側のモントルーへ向かう起点駅でもあり、即ち、ベルナーオーバーラント三山と近接し、トラベルパスを活かした鉄道旅行には最良の地だと自己評価しています。
乗り換えたRegio各駅停車は窓が開く嬉しい旧型車両:最後尾車両の後方に陣取って納得の撮影(左)。モルテラッチ氷河が見えたが山の頂には雲(中)。ベルニナ線は氷河も眺めながらの秀逸な秋色車窓(右)
単なる基幹駅なら、首都ベルン、その北方、ドイツやフランスとの国境を成すバーゼル、スイス最大の都市で空路の主玄関口になるチューリヒ、西方ではローザンヌやジュネーブなどがありますが、名峰に近い点ではシュピーツが抜きんでています。かつ、人が少ない田舎町程度の規模の観光地でもあり、駅前からは対岸の山並みを含めたトゥーン湖の景色、駅前右手・南側にアイガーなどの名山も遠望できるのです。但し、駅から湖畔まで70m下る傾斜面で、ホテルの主体は湖畔に近い地にあります。
よって、駅から至近で、線路沿いの高低差がほぼない場所に立地しているホテルを確保したいのです。難点は家族経営的な小規模ホテルゆえに、7連泊の確保が課題で、約1年前に予約を済ませておきます。
今回、シュピーツ駅から約200mの至近にあるホテルで、朝食会場と隣接した広いテラスから風光明媚な景色を堪能できたことは幸いでした。
本題に戻ります。雨曇基調のスイスで、晴れ間が望めそうだったのは東南部方面でした。
その地は、氷河急行(スイス政府観光局の案内では“氷河特急”ですが、平均時速34kmと、世界で最も遅いことが“売り”の観光列車)が走る路線です。地球温暖化の影響で、今となれば、氷河急行の車窓から氷河は見ることが出来ないことも知られるようになりました。かつ、唯一、最後まで車窓から見ることが出来たローヌ氷河は、フルカ峠界隈の鉄道の標高が高いことなどから、冬季に走れない悪条件があり、フルカベーストンネルが貫通し、結果、肝心要の車窓が失われてしまったのです。
現在、唯一、車窓から氷河を眺めることが出来るのがベルニナ線で、著名な観光列車の名はBernina Expressベルニナ急行です。
裾野の氷河は見えたがLago Bianco(白湖)界隈も曇天 (左)。Alp Grüm(アルプ・グリューム)駅界隈:晴天なら深い青緑のLago Palü(パリュ湖)と青空・パリュ氷河が美しいはず(中)。通過後、車窓がガスに包まれた(右)
シュピーツからベルン、チューリヒで特急を乗り継いで、中東部の古都Churクールへ。ここが氷河急行路線の起点となります。乗車した列車はInterRegio(IR、地域間急行)で、クール始発のサン・モリッツ行。定番で、列車の最後尾車両へ急ぎましたが、残念なことに新型の観光車両で、天井に届く窓は大きいが、開かない!で、前方車両へと車内を移動しました。が、何れも新型車両で窓が開かない・・・。ついに先頭車両に来てしまいました。車両前方には“1”の表記があり、覗いてみました。すると、運転台を介して、前方の風景を眺めることが出来る展望車両の類でした。側方の窓は、若干だが、開く!かつ、乗車していたのは、ビジネスマンと思える男性一人。
となれば、二等のトラベルパスを保有していますが、追加料金を支払って、一等車での“乗り鉄”を決めました。残念ながら、雨天模様であり、時折、フロントのワイパーが作動し、雨粒が視界を妨げますが、致し方ない。やがて、車掌が来て、パスを提示すると「どこまで乗るのだい?」と。「Samedan」と即答し、追加料金を支払いました。日本のJRと比べて、とても安価でした。内心「こりゃぁ今後もイケル!二等のトラベルパスを購入し、必要時に一等車に乗る」と決め込んだ次第でした。
深い谷合をトンネルで回り、眼下に線路も見ながら降りて行く(左・左中)。スイス政府観光局の情報で山上湖として紹介されている谷合にあるポスキアーヴォ湖の静かな湖面と湖畔散策路(右中)。反対列車との行き交いは常に楽しい車窓風景(右上)。スイスの名所ブルージオのオープンループ橋が間近(右下)
クールからライン川沿いに西へ。間もなく、南下し、“後方ライン”と称せられる源流域の谷合を走りますが、側方の窓が一部しか開かず、顔を出して手を伸ばせない、雨模様で外気温が低く、同乗のビジネスマンに配慮が必要、側方窓に水滴が着き撮れないなど、悪条件が重なり、運転台越しの前方風景にほぼ限定されました。Thusisトゥージス駅に、この先がユネスコの世界文化遺産指定の鉄道であるとの看板があり記念撮影。界隈は私鉄レーティッシュ鉄道のアルブラ線で、名所はラントヴァッサー橋!
同駅が近づく時間帯に、心の高揚感を感じていたら、タイミング良くビジネスマンの彼が自ら説明し、「窓を開けて撮れ」と促してくれました。おかげで、自分史に残せる水準の記念写真が撮れました。
アルブラ線は標高1890mの峠まで(付:始発のクール593m)複雑なループトンネル等を活かしながら登ります。峠から下った地点がSamedanサメーダンで、下車し、乗り換えました。乗り換えたのは小編成の地域列車(Regio 各駅停車)でしたが、またもや窓が大きい新型の観光車両!
内心、ガッカリでしたが、一方、思いのほか乗客が多く、寒冷気候でもあり、窓が開く旧車両であったとしても開けにくい。二駅の乗車ゆえ、諦めて、座席に座り、川の流れが再々近接し、カラマツなどの秋色が美しい車窓に魅せられ、眺め続けました。二駅目が終着のPontresinaポントレジーナ駅。
ここで、再び乗り換えた各駅停車Regioは、幸い旧型車両でした。勿論、最後尾車両の後方端席を確保し、座ることなく、左右の景色に魅せられ続けました。やはり文化遺産のベルニナ線で、車窓から氷河が眺められることで著名です。
谷合を活かしたブルージオのオープンループ橋の走行は楽しい限り:全容が見えて来た(左上)。線路の交差部分(左下)。先頭車両が交差部分を通過(中)。最後尾車両も交差部分を通過(右上)。ループ橋を走り去った(右下)
ベルニナ線には、氷河急行と双璧をなすベルニナ急行が観光客用に走っています。えぇ、我々は、勿論、ベルニナ急行には乗りません。氷河急行と同様、追加料金が必要であることと、全席座席指定で、動けない(お行儀良く座らざるを得ない)ことと、窓が開かない観光車両であるためです。
暦年齢はともかく、心は青年、いや少年のごとくの小生ですが、幸い、同伴のヒロさんも大同小異で、窓から顔を出して車窓を堪能し、大切なシーンでは撮影を繰り返しました。
4000m級の高山が連なるベルニナ山塊の氷河は、車窓から再々眺められます。とくに、南北に長いLago Biancoラーゴ・ビアンコ(白湖)に近接した湖畔を走る際は、静かな湖面と、対岸の山側は氷河を眺め続けることになります。残念ながら、青空と氷河が覆う頂を眺めることができなかったのですが、一方、ほぼ雨が止んでいたので、体感温度は低かったのですが、顔・手を出して、車窓を満喫しました。
同湖の中程に、路線の最高地点となる標高2253mのOspizio Berninaオスピツィオ・ベルニナ駅があり、至近に標高2328mのベルニナ峠があります。同湖畔を過ぎると下りになります。次の駅が、眼下に青い湖を眺め降ろす急斜面・山腹にある標高2091mのAlp Grümアルプ・グリューム駅。天気に恵まれれば、神秘的な色合いのLago Palüパリュ湖と青空、パリュ氷河・山の頂のコラボが美しいはず・・・。
実は、出国前に、天気が良ければ、アルプ・グリュームからオスピツィオ・ベルニナまで、約2時間かけて歩くことを想定していました。膝への負担を考慮し、ガイドブックとは逆方向の登り主体です。が、山が見えないこと、気温が下がっていることから、“乗り鉄”を続けることで即決しました。
アルプ・グリュームからの下りは、山の急斜面をS状に繰り返す走行で、地図で見ても魅力的で、かつ、谷合に降りた後に、Lago di Poschiavoポスキアーヴォ湖畔を走り、さらに、鉄道線路としては稀有なオープン・ループ橋を通過する際も見逃せない車窓名所で、各々期待がありました。
さて、アルプ・グリュームを過ぎた後、深い霧に包まれました。視界は制限されますが、幻想的でもあった車窓を、ヒロさんは「好きなんですよー!」と満面の笑み。翻って、2005年当時、ヒロさんは智頭病院勤務でした。智頭の春秋は千代川からの朝霧に包まれ、深いと雲海になります。車を走らせ、牛臥山広場などからの雲海が陽光に輝き、晴れて行く過程に、彼は魅せられたようです。このことなどがあり、彼を誘ってのスイスでしたが、4年間で3回も(彼は西欧が3回で全てスイスの自由旅行)・・・。
オープン・ループ橋にさしかかるBrusioブルージオ駅を発つ頃から、中程の車両において、急にカメラを持った多くの手が伸びてきました。ツアー客で、添乗員が促したのでしょう。撮影するなら最後尾!
列車が若干遅延していたので、終着のTiranoティラーノ(標高441m、イタリア国内だがトラベルパス適応)まで乗らず、一つ手前の国境Campocolognoカンポコログオ(同553m)で下車しました。
イタリアとの国境にある駅で下車し、終着ティラーノに向かう列車を見送った(左上)。最後尾の材木を積んだ貨車が残った(左下)。復路は青空が広がり始めた。陽光に照らされるとやはり美しい(左中)。光に満ちた景観に見惚れ、乗換をし忘れてサン・モリッツに到着(右中)。復路の車窓も懲りずに・・・(右)
右図の答は、アルブラ線の山岳地帯を走る観光名所である路線の概要図です。
北西端がBergünベルギューン駅標高1372m通過後で、右下がPredaプレダ駅同1789mの手前です。両駅間の高低差417mを調整する5つのループトンネルをIRは所要16分で通過します。ループトンネルを抜けると、その都度、登って来た線路と村の景色を見下ろす、いわば車窓の絶景に出会えます。
プレダ駅を発つとさらに登り、非ラック式(粘着式)鉄道としてはヨーロッパ最高1819mの峠を5866mのアルブラトンネル内で通過し、下って行きます。
付)智頭急行の志戸坂トンネルの長さは5592m、標高386mが最高地点
カンポコログオで下車したのは15時前。ホテルで準備してもらった朝食を7時半過ぎに車内で摂ったので7時間余が経過していました。ラントヴァッサー橋の通過が正午前でしたが、勿論、昼食を摂ることなく車窓に魅せられ続けていたのです。
下車後、駅至近のカフェマークもあるプチホテルに気づき、薄暗い中に入り、「頼もう!」とばかりに声をかけました。出てこられた貴婦人に「昼食。時間がない」ことを話し、パンと果物などを手に取り、自ら手作りパンもカットしてくれて、想定外の低価格で入手し、記念写真も撮り、駅に戻りました。
ティラーノまでに待避線があるのでしょう。駅に戻って間もなく、登って来た列車に無事乗車。下車し、乗車まで、約16分間のことでした。
さて、復路は、青空が見え始め、往路と異なる新鮮な景色に魅せられ続けていました。言葉を発することなく、眺め続け、往路同様Pontresinaポントレジーナで乗換の計画でしたが、フト気づいたら、見慣れない光景で、終着のサン・モリッツと分る車窓!シマッタ!乗過ごしてしまった。
おかげで、駅内にあるバーでビールを注文し、時間を過ごし、1時間の遅延でした。えぇ、スイスの鉄道ダイヤはほぼ固定なので、アレンジが可能です。
サン・モリッツ発は18時過ぎの夕暮れ時であり、アラブラ線の名所ランドヴァッサー橋を通過する際の明るさを懸念しましたが、幸い車両が通過する様を最後尾からタイミング良く撮れました。
なお、入手した食事は、車窓が暗くなって撮れなくなった19時半前でした。かつ、クールからの特急は、幸いICE車両でした。ICE(InterCity Express)はドイツの高速列車で、即レストランカーに入って、ドイツNo.1の白ビール ERDINGERで乾杯し、ソーセージ等も堪能しました。チューリヒとベルンで特急に乗り換えて、シュピーツに着いたのは23時過ぎでした。
雨模様のおかげで、“乗り鉄”堪能的長丁場の全日になりました。
が、本音は好天で、明日からを楽しみに・・・。
さて、スイス鉄道旅行ならでは蛇足的クイズです。右の図は何でしょうか?
夏季の快晴の際は、モルテラッチ氷河と山脈はこのように見えるのですネ。
スイス政府観光局の写真を活用しました。
※ 本稿は鳥取県東部医師会報 随筆欄に掲載・連載(レイアウトは異なります)