スイス悠々
〔スイス悠々〕 (6) バッハアルプ湖
アイガーなどを遠望しつつグリンデルワルトから25分を要してフィルストに登るゴンドラ車内で撮影(左)。カウベルが聞こえ、放牧されている牛が見えた(左中)。ゴンドラで登ったフィルストからバッハアルプ湖を結ぶハイキングトレイルは高低差が小さく子ども連れの家族も(右中)。トレイルから眺めるアイガーとユングフラウ、シルバーホルン。手前・足元には多種の高山植物が群落をなしている(右)
バッハアルプ湖(Bachalpsee 2265m)には、憧れを抱き続けていた。結婚30周年記念の2005年にツアーでインターラーケンに2連泊した際、全日フリーの日に探訪する候補に含めたが、時間効率を考慮し、至近にある狭軌道の登山電車でシーニゲプラッテへ登った。2000m級の同地に高山植物園があるとの情報にも惹かれての選択だった。2003年11月に、縁あって智頭病院に異動後、夫婦とも山野草に関心が高まっていたことも要因だった。
バッハアルプ湖はいつかきっと訪れると決めていたが、それは妻を伴う際のことで、今回、スイスパスを活用する自由旅では当初計画に含めていなかった。
7連泊した基地のグリンデルワルト(Grindelwald 1034m)の村内、鉄道駅(至近のホテル)から徒歩10分程度の所にロープウェイ駅がある。所要25分のゴンドラでフィルスト(First 2165m)へ登り、ここから[難易度1・体力1]の評価で、家族連れでも行けるのがバッハアルプ湖で、道中はグリンデルワルトの谷の向こうにアイガーなどベルナーオーバーラントの山々を眺めつつの秀逸なコース!ゆえに、今日ではハイキング・トレッキングを主とした旅行社企画ツアーの定番コースともなっている。
本シリーズ1回目に記したが、相棒のヒロさんが(スイスパスをフル活用することの想定からすれば「自分は“乗り鉄”ではない」との意思表示をしたことで、急遽、それも帰国する当日にバッハアルプ湖を訪ねることにした。(当初の単独行動計画では観光ルートをのんびり走り、ジュネーブへの移動)
帰国日は7月4日(土)で、この日から本格的な夏シーズン到来ということで、ゴンドラの始発が30分早まり8時! 始発時のグリンデルワルト・ゴンドラ駅(Grindelwald, Firstbahn)は、ツアー客等での混雑が不明であり、かつ、時間的制約があることから、先手必勝的に一番乗りを決め込んだ。ホテルの朝食は1週間変わらず、6時半より早めに開始した。ホテルには前夜事情を話してあり、チェックアウト時にスーツケースを預け、初めて朝のグリンデルワルト村を歩いた。
ゴンドラ駅には誰もおらず、花で飾られた家々、庭や山を眺め、8時を待った。ガイジンの若いカップルなど10名に満たない人数だった。窓口でスイスパスを提示し、「Return」を告げ、半額の32.00 CHF(スイスフラン)をカードで支払い(決済額3,903円;122円/1.00 CHF)、記念に持ち帰ることが出来る往復のカードを得て、バーコード読み取り方式の入口からゴンドラ乗り場へ移動した。
この日、最初の乗客になった。幸い、快晴で、かつ、空気が澄んでおり、素晴らしい景観に恵まれた。所要時間25分、高低差は約1,100m。途中の2駅でワイヤーを交換し登る。途中駅では進行方向が折れ曲がり、結果として、景色の変化も大きく、堪能した。
フィルストのゴンドラ駅を出たら、「アリャ? 一番でゴンドラに乗ったのに、既に散策している人がいるではないか?!・・・」と、怪訝に思ったが、間もなく、山岳ホテルが併設されていることを思い出した。主要な山岳観光地には、交通機関の駅舎に連動して、ないし、近接して、ホテル・レストランがある。ここフィルストでも、宿泊客が既に散策を始めていると気づいた。
地形や行程はシミュレーション済であったが、例によって、初めての地であることから、往路は攻めの歩きをした。と言っても、あまりにも素晴らしい景観ゆえに、要所で立ち止まり、眺め、感慨にふけり、感動を話しながら、撮影もした。
憧れたバッハアルプ湖が見えた(左)。バッハアルプ湖を象徴する景観(右)。S:湖正面に位置するシュレックホルン Schreckhorn 4078m、F:ベルナーオーバーラント地方最高峰のフィンスターアールホルンFinsteraarhorn 4278m、 ?:きっとグロス・フィエッシャーホルン Gross Fiescherhorn 4049m
立ち止まって雄大な景観を眺めた以外は、足元の高山植物に目を留めず(復路の楽しみとして)、攻めの歩きを続けた。「間もなくだな」という辺りで景色を眺めていたら、追い越す男性があり、英語で挨拶。が、日本人?!と感じ、すかさず日本語での挨拶をしたら、会話が成立した。小生と同世代の単独行のハイカーで、フィルストに戻らず、歩き続ける行程の由。景色の良い所だったので、彼が「お二人を撮りましょう!」と。帰国後確認したら、逆光の影響で、残念な写りだった。お返しに「撮りましょうか!」と進言したら、不要との返答があったが、一方、「道中、大切なカメラを車中に置き忘れ、失った」とも。スイスでカメラを失う、ないし、電池切れやSDカードなどのメモリが不足すると、悲しくなる。自身は、2つのカメラを使い分け、各々電池類とメモリは十二分に準備して臨んでいた。
ホテルの朝食会場で、小人数ツアーの日本人コンダクターの彼女(在チューリヒ30年余:うらやましい!)と会話したが、クライネシャイデックとグリンデルワルト間の登山鉄道が前日にトラブルで運行停止していた由であった。窓際の景色が広がる場所に座していたこともあり、朝食中に次々と下ってくる電車を認め、彼女に話すと安堵し、朝食に降りて来た人たちに「今朝は動いていますよ~」と。
前日は多くの観光客が旅程の変更を余儀なくされている。仮に、山に取り残されたら、夜をどう過ごすのか・・・ など、朝食を摂りつつ、思った。
計画された鉄道路線の保線工事は、代行のバス運行を含めて、スイス国鉄のHPに情報が開示してある。われわれもインターラーケン至近地での平日22時以降の工事情報を得て、最終便で戻る遠出の計画を中止した経緯もあった。
大都市やその近郊なら、予測外の運休があっても代わる路線があり、困惑するが、何とかなる。私事、ロンドンやパリでの地下鉄某路線の運休、ドゴール空港からパリ市内に入る近郊線の工事による運行停止などを経験したが、実害はなかった。が、代替のない登山鉄道の急な運休は困惑至極。
内容は多種あろうが、海外旅行中の想定外のトラブルは避けたい。とは言え、個人旅行ゆえ、小さなハプニングは毎度のこと。
幸い、今回のスイスではトラブルは、希少だった。
一つは相棒のヒロさんがコンパクトカメラを車内に置き忘れたこと。さらに、複合的な失態も!
絶景峠を巡る旅の冒頭にグリンデルワルトからバスでマイリンゲンに移動すべく、前日の夕刻にグリンデルワルト駅至近にある日本語観光案内所に立ち寄り、スイスパスで半額になるバスチケットを事前購入した。(当初計画はバス運転士にパスを見せて半額で車内での購入だった。)かつ、バス駅のある広場に移動サーカスがテントを張っていたこともあり、日本人店員に日本語で尋ねたら、「サーカス期間中は駅舎隣接に移動」と聞いた。が、当日朝、早めに出て待ったが、該当のバスが来なかった。仕方なく、スイスパスを使い電車で移動し、バスより早く到着しマイリンゲンの街を散策した。思うに、ドイツ系スイスゆえ、バス駅を本来地から動かすことでの混乱を回避すべく、きっと移動サーカスのテント至近地から目的のバスが出発していたのだろう。(日本語観光案内所の店員が、バス停が移動すると勝手に誤認していたことになる。)
本件では、別のトラブルが重なっていた。前日に半額で購入したバスチケットを、ヒロさんがホテル自室に置き忘れて出ていたであろうこと。結局、二人とも前日に購入したバスチケットは単なる未使用の記念品として残った。(金銭的には二人とも約1,000円強の損失)
花弁が鐘形のサクラソウ科ソルダネラ・プシラ Soldanella pusilla (左)。バッハアルプ湖畔から上の湖を見上げると高山植物が絨毯のように咲いていた(中)。いくつかにスポットを当て組写真に配置した。
歩き出して45分ほどで、バッハアルプ湖が見えてきた。上の湖と下の湖があるが、まず目にする下の湖の湖畔に降りた。幸い、風がほとんどなく、時折ビロード状の漣が出る程度で、正面に聳えるシュレックホルン Schreckhorn 4078mは、湖面が鏡となり、端正な姿で出迎えてくれた。位置的には、西から東方向を見るので、逆光になる。が、午後には雲が出易いし、われわれはジュネーブに移動せねばならない。空気が澄み、雲の無い環境ゆえ、満点と評価してよかろう。
シュレックホルンの右(南)奥にはベルナーオーバーラント地方最高峰の急峻なフィンスターアールホルンFinsteraarhorn 4278mが見える。その右(南西)方向、アイガーとの間の奥にも小さくは見えるが白い氷河に被われ、裾野も白く広い山が気になり、いや、心が動き、望遠撮影もし、親しんだ。
湖の周囲は色とりどりの高山植物が群落をなしていた。スイスに到着した日のミューレンからアルメントフーベル、2回訪れたメンリッヘン、そして、そこからクライネ・シャイデックへ降りるトレイル、さらに、ヴェンゲルナルプへのトレイル上などで、多くの可愛い高山植物に出会えた。
S:シュレックホルン Schreckhorn 4078m、E:アイガーEiger 3970m(左)。ガイドブックに紹介がない ? をコンパクトカメラの望遠モードで撮影(中)。 別のカメラで撮影した ? はグロス・フィエッシャーホルン Gross Fiescherhorn 4049mと確信 (右)
シュレックホルンSchreckhorn 4078mとアイガー Eiger 3970mの間に小さく見えるが氷河に被われた高山が、往路で、そして、バッハアルプ湖界隈に居て、かつ、復路でも気になり続けていた。当然の帰結と言えようが、望遠撮影をした。カメラを見ながら、肉眼では見えない山の表情に接し、心を奪われた。この山(組写真の“?”)は、帰国後に調べ、グロス・フィエッシャーホルン Gross Fiescherhorn 4049mと確信した。
フィルストへの帰路、正面にアイガー。自転車を漕いでいるのには驚いた(左)。崖の上に位置するフィルストが見えた。正面はシュレックホルン(中)。フィルストのゴンドラ駅至近にあった案内板(右)
当地に限定せずで、散策していると、陽光に白く輝く山々に目を留め、望遠撮影モードで眺めると氷河に被われ、迫力を持って迫り来る峰々が多く、かつ、残念ながら、多くは名前の分からないまま・・・。
バッハアルプ湖界隈には1時間半ほど留まり、別れを告げ、復路をフィルストへ向けて歩き出した。行き交う人が増えている。年齢、構成は様々で、中には犬を連れたカップルや子ども連れの家族も。自身、孫娘を連れて、家族で・・・とも思ったが、実現は困難であろう。
復路は、目論んだ通り、時間的にゆとりがあったので、しゃがみ込んでは高山植物を愛でて、歩いては山々を望みの繰り返しで、程良い時間にフィルストに戻った。
本「スイス悠々」1年間6回シリーズの最後に、多彩な高山植物さんたちがご挨拶。あなたも是非、私たちに会いにいらしてくださいネと・・・。
バッハアルプ湖からフィルストへの帰路は、のんびりと各所で佇みながら歩いた。ベルナーオーバーラント三山などを眺めつつ、しゃがみこんでは足元の高山植物を撮影。道中に撮影した高山植物の組写真です。
※ 本稿は鳥取県東部医師会報 随筆欄に掲載・連載(レイアウトは異なります)